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自戦記

2012年8月29日 (水)

復活の狼煙

皆さん、お久しぶりです。多忙のため、しばらく将棋の活動を休止しておりました。

これからまた徐々に活動を増やしていくつもりでいます。

久しぶりにオンラインで指した将棋を一局紹介します。

チェスの世界ではcorrespondence chess(郵便チェス)をオンラインで行うサイトがあります。つまり、web上のチェス盤に、対局者同士が好きな時に一手ずつ交互に指していくシステムで、自分の都合に合わせて指すことができたり、考える時間をたくさん取れるのが利点です。

将棋ではボード将棋というらしいです。本局はそのボード将棋で指した一局です。



本局は後手が藤井システムの出だしの四間飛車から、先手が棒銀に出ました。

序盤18手目の△6四歩がやや緩手だったようで、速攻に出られて苦戦に陥りました。後手は△5四歩が間に合わないので棒銀の攻めを食らうことになりました。△6四歩に変えて△4三銀が正しい序盤だったようです。

久々に指すとこういう細かい序盤のミスに気付かないものなんですよね。しばらくはリハビリ期間でしょうね(;´∀`)

読者の皆様にはご迷惑をおかけしましたが、今後とも当ブログをよろしくお願いいたしますm(_ _)m

2012年5月 6日 (日)

穴熊の先にあるもの

現代将棋は玉の固さを重視します。
居飛車穴熊や、横歩取り8五飛戦法における中原囲いに代表されるように、「囲いは金銀4枚、攻めは飛角桂」という新しい感覚が主流となっています。固めるだけ固めてドカンという将棋が多くなったんですね。

確かに玉が固いと勝ちやすいです。多少は無理が通るし、逆転にもつながりやすい。でもそれはあくまで現代の主流であって、10年後はどんな将棋が流行っているのかは分かりません。

しかし、玉を囲うなら盤面の関係上、穴熊以上に深く固く囲うのは不可能な気がします。もちろん最強の囲いは「入玉」ですが(笑)、それは最初から狙うものではなく、中終盤の兼ね合いによるものです。

となれば、穴熊の先にある将棋とは何なのか?答えは誰にも分からないかと思います。僕は玉のバランスや戦法選択の自由度だと思いますが、ただ具体的な形は分かりませんし、あっても糸のように細い精密な手順が必要になるんじゃないかと思います。

とまあ、僕の穴熊論はこのぐらいにして、最近自分が穴熊に潜った将棋を紹介します。この将棋はお互い定跡にない形から穴熊を目指しました。

穴熊は固めてドカンという豪快なイメージがあると思いますが、その豪快な捌き合いの後に優位を握るためには、駒がぶつかる前の駒の細かな位置取りが優劣に直結してきます。結局は駒を無駄使いしていては勝てないんですね、たとえ穴熊であっても。

振り飛車に対する居飛車穴熊や四間穴熊はかなり定跡が整備されていますが、このように力戦形で穴熊になったときは、的確な序盤感覚が必要になります。そのことを示すのに良い題材として本局を取り上げました。


2012年4月27日 (金)

神の一手を求めて

 「最善の一手の追及・・何という喜びであろう」という言葉を言ったのは漫画『ヒカルの碁』の藤原佐為です。もちろんフィクションです。

 でもあの漫画は画も奇麗だし、話もよく練られていて名作だと思います。あれが囲碁じゃなくて将棋だったら良かったんですがねー(笑)

 まー、登場人物の誰が好きとかいうオタ話をし出すと脱線してしまうでしょうから、いずれ話すとしてここでは置いておきましょうww

 さて、先述した佐為の君は神の一手を極めるためにヒカル君に摂り憑いたのでした。しかしそれは、囲碁だけでなく将棋を指す人、またアマプロなど棋力を問わず誰にとっても同じ目標であると思います。

 将棋の指し手の場合の数は人知をはるかに超え、最先端のスーパーコンピュータでも計算し尽くせないほどです。

 しかし、人間は脳で無駄な手、つまり最善手からは程遠い手の読みを省略し、その局面局面において正しい手を読み、指すことで詰みというゴールを目指すわけです。

 「神の一手」とタイトルで謳いましたが、将棋は一手で決まるものではありません。「神の一手」というのが100点満点で100点の手であるとするならば、たとえ次の一手の問題で100点の手を指せても、一局を通してずっと100点の手を指し続けることは困難です。プロでも見落としや読み違いはあるのですから、将棋にあまり時間を割けない我々アマチュアには程遠い話であるように思います。

 しかし、勝つためには100点の手を指す必要はないと思います。だから、ある局面で一手だけ100点の手を指すより、一局を通して終始70~80点の手を指し続けることができた方に結果として勝ちが転がり込むのです。

 有段者になると、この70~80点の手の押収です。というか、良さそうな手が2,3見え、それについて更に読みを深めていき、その中から一手を見つけてそれを指すわけです。つまり、その瞬間に自分の頭の中ではその手が100点であるわけです。でも、それが間違っていたりするから将棋は難しい。

 逆に、分からない時、すなわち指し手に点数を付けられない時もあります。それは読み切れなくて自信がない、相手玉の詰みの形を描けない、など理由は様々です。でも指さなければ将棋は進まず、分らないまま指していればある程度形になっていくから将棋は難しい。

 さて、書いているうちに何を言いたいのか分からなくなってきましたww

 とりあえず、こういうことをふと考えた一局を御覧ください。

 相手の方の棋力は五段とありますが、レーティングでいうと当時2400。自分にとっては格上挑戦で金星を勝ち取ったわけですが、指している最中は終始自信がありませんでした。早指しで時間が短い将棋だったから、読み切れなかったというのもあります。きっと相手も同じ気持ちだったのでしょう。

 でも、この将棋は改めて並べ直しても勝った実感が持てません。本譜よりもっと良い手があるようにも見えるし、本譜で良かったようにも思える。

 持論として、自分が勝った将棋からは得るものが少ないと思います。勝局というのは、とりあえず自分を出し切って勝てたわけですから、自分が改めて考えても鉱脈の発見の可能性が少ないわけじゃないですか。なので自分で考える気にはならない。

 こういう時便利なのはコンピュータですよね(^^)/あーだこーだ文句垂れずにせっせと棋譜を解析してくれるから楽です。今ではフリーでも強いソフトがあるので、コンピュータを使った棋譜解析については、いずれ回を取って紹介しようと思います。

 何かあちらこちらに思索が飛んで、最初に書こうとしていたことが書き切れなかった気もします(笑)長い自慢話にお付き合い下さり、ありがとうございました。

2012年4月16日 (月)

昔の自分と今の自分

もし今の自分がタイムマシンに乗って、過去の自分に会ったらどうなるか?誰しもが一度は考える疑問かと思います。

たとえば将棋なら、過去の自分と戦ったらどちらが強いか?というのが一番分かりやすい比較となるでしょう。

何故こんなことを考えたのかというと、自分の活動するサークルで「ブログで右四間飛車の記事を書くつもりでいる」という発言をしたので、今頭の中に散乱している研究を整理するために昔自分が指した右四間の棋譜を並べ直していたからです。

その棋譜が下の棋譜なのですが、これは8年前自分が右四間にハマッていた頃の棋譜です。確かこの戦型を知ったのは、大会に出たときに逆に右四間を指されて自分がどう対応していいか分からなかったからと記憶しています。ミイラ取りがミイラになった感じですね(笑)

さて、本譜を改めて並べ直していると、案外自分の将棋感覚が変わっていないのに気付きます。局面によっては、現在の第一勘と違う手を指していたりするのですが、昔より手厚く指すようになったと思っていたのに、この棋譜でも優勢になってからは落ち着いて勝っています。どうやら自分は、昔からあまり進歩していないようです^^;

まあ途中将棋から離れていた時期もありましたし、今もそんなに時間とって研究しているわけでもないし、昔から実戦派だし・・・と色々言い訳はありますw

でも確実に昔と変わったといえるのは、優勢になってからの逆転負けが少なくなった、勝ち切り方・逃げ切り方が上手くなったような気がします。逆に、序中盤で手厚く指したつもりで、安全な手を選ぶ度合いが上がったような気します。知識の量も含めて、エンドレスに対局を続ければ、今の自分が6割は勝つイメージですね。

これからも若かった自分を振り返りながら、過去の棋譜を整理して懐かしもうと思います。
さて読者の皆さん、あなたは昔の自分から今の自分は何が変わったと思われますか?

2012年4月13日 (金)

ミニチュアゲーム

「ミニチュアゲーム;Miniture Game」というのは
  手数の短いゲーム
という意味で、チェスの用語です。

チェスは最短2手(将棋で言う4手)で詰んでしまう“フールズメイト”に見られるように、一方が悪い手を指せばとても短手数で終わってしまいます。チェスでいうミニチュアゲームとは、大体20手前後で終わる対局のことです。

これはチェスが将棋と違って、駒の効きが多い(飛車+角の動きをするクイーン、角・飛車にあたるビショップ・ルークが2つある)こと、持ち駒による合い駒が利かないことに起因します。

このミニチュアゲーム、チェスではよくあるのですが、将棋ではなかなかない。形勢は傾いてもその後の手数が長くなって、詰みに至るまでは短くても80手くらいかかるのが通常です。横歩取りでは50手くらいで終わってしまったりしまいますが、それは戦型の特殊性でしょう。

ミニチュアゲームは指した本人にとっては気持ちの良いものではありませんが、並べて鑑賞するうえでは意義があると思います。なぜなら、悪手や異筋を的確にとがめた結果を見られるわけですから、手筋の勉強になるわけです。また、自分では「形」と思って指した手でも実際は最善ではなかったりする、その固定観念を破ってくれる意味もあります。

実際、チェスの書籍(洋書)では戦型ごとにミニチュアゲームを10局前後集めて、合計700局くらいをまとめた棋譜集も存在します。

将棋の世界では、まだそういった勉強法の理論が洗練されていない気がしますね。。

さて、今回の一局はミニチュアゲームと言える一局です。相手は(自称)三段の方ですが、入門書にもある筋が通用しています。そういった基礎的な手順は有段でも忘れてしまったり、盲点に入ったりすることはあるものです。

というか、書籍では説明をハショってたりするんで、定跡をなぞってれば知らないまま棋力が上がっていくこともあるわけで。。でも、定跡を外して構想を立てるようになったとき、こういった基本の筋は必ず頭に入れてスキを作らないことが大切になってきます。